龍神沼の自由帳

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海の牙城5巻"真珠湾の凱歌":横山信義:中央公論新社

 3日か4日の話で3巻を費やせる横山氏の筆力に圧倒される。陰山さんなら一章、谷先生なら3行で済ませるだろうな。佐藤大輔なら3巻から後は刊行されていないだろう。そんなことはどうでもいいのだが、この作品でのマリアナ戦の軽い扱いには正直引いてしまった。「海の牙城」とはマリアナ航空要塞のことだとずっと思ってたのだが、真珠湾だったのか、そうであるならば曙光の最後で真珠湾を攻撃しておけば、こんなグダグダな話にはならなかったと思う。ということで毎回文句ばかり書き連ねているが、今回が最後ということで勘弁して欲しい。
 −海の牙城を総括するー
 曙光から牙城へと移行する際、約1年半の空白期間が存在したのだが、その間日本は戦争という問題解決のためになにをしていたのだろうか。結論から言うと、一応航空主兵に転換しちまちま航空部隊を増やしたり、瑞鳳クラスに毛が生えたような粗製空母の量産と信濃・武蔵の空母への改造を行ったり、巡洋艦の防空艦への改造を実施していたが、それ以外のことは何にもやっていなかった。常識的には、講和の道を探るとか、インド洋の英軍にプレッシャーをかけ同盟国独逸に協力するとか、南鳥島マーシャル諸島を結ぶライン上にあるウェーク島を攻略して、哨戒線を確立して米潜等の侵入を阻止するとか、マリアナ諸島の要塞化に邁進するとか、ハワイを攻撃して基地機能を破壊し米軍の反撃を遅らせ、講和に有利な状況に持っていくとか、することはいろいろあるだろうになんの策もうっていない。せめてウエーク攻略とマリアナの要塞化は戦争遂行のため必要だと思うが、充分な期間と戦力および資材があったと思われるのにマリアナの航空戦力の強化以外はほとんど手を付けられていないようだ。。アスリートがたった一日で米軍に制圧されてしまったのには、驚きを通り越え怒りさえ感じてしまった。
 牙城1巻で米軍がマーシャルに来たとき、日本軍の機動部隊は13隻の戦闘可能な空母を保有していた。搭載機は補用機を除いても720機を越えており、マーシャルに展開する陸海軍機と合わせると1200機余りになる。対する米機動部隊は550機の艦載機を保有、更に後方に護衛空母に乗った予備機多数を控えさせているが、正面戦力では日本2に対し米軍1で、航空機の優劣こそあるものの圧倒的に日本軍に有利な戦力比である。更に搭乗員の質の面でも、2度に亘った日米の空母戦を経験した搭乗員多数を擁した日本軍のほうが、錬度で米軍を上回っているものと考えられる。ここで日本軍が正面対決を選択しておけば、ほぼ間違いなく米機動部隊を圧倒できたはずである。その結果日米の母艦戦力比は昭和19年後半ぐらいまでは逆転することはなかっただろう。しかし日本軍は戦力を小出しした為、計画通りとはいえマーシャルを放棄してしまう。
 牙城2巻では戦場がマリアナに移る。米機動部隊は空母15隻、搭載機1100機を超える強力な艦隊に進化している。対する日本軍は、空母16隻搭載機950機に加えてマリアナに陸海軍機1000機余りを保有する。警戒態勢がしっかりしていれば、米軍がマリアナの制空権を得る前に日本軍機動部隊が戦場に到着することになる。戦力比はここでも2対1、加えて日本軍は小笠原方面からの増援が期待できる。戦闘機から艦攻・艦爆に至るまで新型機を揃え、錬度でも相変わらず米軍を上回っているはずである。しかも日本軍は空母が損傷しても陸上の飛行場を使えるため、継戦能力が高い。普通に考えれば米軍に空母3〜4隻の喪失艦が出てもおかしくないと思う。しかし結果的には日本機動部隊は防戦に徹し、防戦にもかかわらず多数の航空機を失い、*1多数の空母が損傷し、引き分けに近い形で米軍の退却により戦闘が終る。このとき艦後部に大損傷を受け速力が低下していたはずのモンタナは、機動部隊からも基地航空部隊からも追撃を受けず、潜水艦の攻撃も受けず、無事に逃げおおせることができた。
 牙城第3巻から5巻に渉って、米軍の無謀な日本本土強襲、それも本土に肉薄しての艦砲射撃での強襲と、14隻の空母で編成された第5艦隊によるマリアナ攻略が並行して行われる。まず、どうやって日本軍の警戒線を抜けたのか詳細は不明だが、、米機動部隊による硫黄島奇襲で戦闘の幕が開かれた。この時点で米機動部隊は硫黄島近海200海里辺りまで接近しておく必要がある。これはマリアナ諸島をすり抜け更に300海里余り進撃しないと到達しない位置で、巡航速力だったら20時間近くかかる距離だ。日本軍の多数の潜水艦による警戒ラインと航空機の哨戒線を潜り抜けて、果たしてそんな奇襲攻撃がかけられるのだろうか。というか、日本軍に発見された場合マリアナと小笠原から挟撃を受けてしまう。多数の高速戦艦巡洋艦を本土強襲部隊に引き抜かれ、艦隊の防空戦力が弱体化している第5艦隊にとって、硫黄島攻撃はリスクが大きすぎるのではないだろうか。龍神沼が指揮官ならそんな危険度の高い作戦は間違いなく採用しないだろう。日米双方のこの時点での戦力を見ると、米機動部隊はエセックス級7隻と軽空母7隻で編成されているだろうから、搭載機は最大でも1000機余り、少なめに見れば900機を若干超えるぐらいで、一方日本軍はマリアナに1200機小笠原に200機、一機艦に約600機、合計約2000機を配備しており、トータル戦力では依然として米軍が劣勢に立たされている。一機艦がハルゼー艦隊の出現に対応しての転進を選択せずそのままマリアナに向かった場合、時間的に見て米軍がマリアナの制空権を確保する前に戦闘に参加できる為、米軍は2正面作戦を取らざる得ず劣勢は否めない。。日本本土に砲撃を受けたところで日本の継戦能力が大きく損なわれるわけでもなし、あそこまでマリアナ方面の防衛力が弱体であるのなら、ハルゼー艦隊など放置してマリアナに駆けつけるべきだったのではないだろうか。

 それにしても低速のニューメキシコ級戦艦で、日本軍の偵察に引っかからんとよく飛行場まで接近できたな、いくら小説とはいえ。って、読み直したらマリアナに来た戦艦新型らしいなんていってる、アイオワ級?ぜってーねーはずだけどな、アラスカ級を誤認したのか?もう終っちまったから、結局サイパンを砲撃した戦艦がなんだったかわかんねーよ。
 第8艦隊は強運でよかったね。武蔵をドーラで沈め、大鳳にA4を命中させ山口多聞を爆殺した蒼海のドイツ第3帝国並みに運がよかったね。
 ハルゼー艦隊、どこに帰ったんだろ。あれだけ派手に戦闘してたら絶対燃料不足になると思うんだけどな。
 だまし討ちだとか何とかでルーズベルトが辞任してるけど、宣戦布告前の奇襲はアメリカの十八番じゃなかったっけ、つか軍事上の常識じゃないの。
 龍神沼の脳内では、三笠=ネヴァダと決定した。当然燕は護衛空母21隻分と等価値なわけだ、では仁淀は?
 いうだけ野暮かもしれないが、米潜水艦隊はどこで何をしてたんだろう。真珠湾では一隻もカウントされていないけど。

 −海の牙城を総括する−其の2
 ところで、日米ともに無謀な強襲作戦を実施しなかった場合、マリアナで激突する日米空母は日本軍18隻米軍18隻合計36隻、飛び交う航空機はマーシャルから飛来する重爆を含めれば、米軍1600機日本軍2300機合計4000機近く、史上最大の航空決戦が起るはずだった。結局海の牙城では双方が正面から叩き合う空母決戦は一度も発生しなかった。これが龍神沼がこの作品をを叩いている最大の原因かもしれない。双方が数多くの空母を揃えているのに決戦が起らない、これは航空主兵、空母絶対主義者の龍神沼にとっては、フラストレーションが溜まりに溜まる最大要因だったといまでは考えている。
 一方これだけ空母が主戦力になっているはずなのに、牙城世界では1巻から5巻までこれでもか!というぐらいに戦艦が活躍している。一巻のモンタナのマーシャル砲撃、二巻での大和対モンタナ、三巻四巻での米戦艦群の猛威とモンタナの死闘、そして五巻での大和大活躍、結局横山氏にとっての海の牙城とは戦艦、そのなかでも第一に戦艦大和だったわけだ。大和は最終的に7隻の米戦艦を葬ったわけで、たぶんまともな*2仮想戦記の中では、佐藤大輔作の征途での武蔵のキルスコアに匹敵する大戦果をあげていると思う。まさかそれをやりたくて海の牙城全五巻を執筆したわけじゃないだろうが。
 

*1:戦闘機比率を50%近くに持ってきているということは、常時200機近い戦闘機を艦隊上空に飛ばせることができたはず

*2:一応まともと思ってはいる