龍神沼の自由帳

気が向いたら更新しますわ

600トン級水雷艇

 ロンドン条約のため駆逐艦についてもその保有が制限されてしまったことを受け、条約の枠外で排水量以外は無条件に設計でき、且つ無制限に建造できる600トン以下の艦艇が注目されることになる。そこで艦政本部に対して軍令部から性能要求が出されたのだが、速力30ノット、14ノットにて航続距離3,000マイル、12.7センチ砲3門、53センチ魚雷発射管4門という要求値はその排水量にたいしてあまりにも過大であり、艦政本部からは艦の重心上昇による復元力の低下を避ける為に要求値を下げるよう軍令部に対して提案がなされた。将来の対米戦を見据えて魚雷戦戦力の向上を図る軍令部にとって個艦性能の低下は認めがたいところであり、要求性能値を巡って一時期軍令部と艦政本部は激しく対立することになる。
 その対立を解消すべく艦政本部から新たな提案がなされたのは昭和6年5月になってからである。その提案の第一は、「将来的に(具体的には戦争の可能性が避けられなくなった時点もしくは戦争時)艦を延長することによって要求された性能を満たす」というもので、それまでは低速弱武装で運用するというものだった。改造前の要目として提案されたのは、基準排水量600トン全長68m最大幅8.8m、機関出力11000馬力最大速度28ノット航続距離14ノットで5500km、兵装は12cm平射砲2門13ミリ連装機銃2基53cm3連装魚雷発射管1基というもので、拠点防御や大陸沿岸部で使うには十分ではあるが、本来の目的である艦隊決戦における水雷戦力の補完という意味では性能不足である。これを改造後には基準排水量980トン、全長95m最大幅9m、機関出力22000馬力最大速力33ノット航続距離16ノットで12000km、12㎝単装高角砲3基3門25ミリ連装機銃4基と53cm3連装魚雷発射管2基6門と小型駆逐艦相当の戦力を有する艦にする計画が考案されたのだ。
 この計画の基礎となる部分に、巡洋艦加古の長期に亘る試行錯誤のうえに確立されたシフト式の缶室・機関配置がある。すなわち(缶室+機関)+(缶室+機関)という機関配置を水雷艇に導入し、改造前の600トン艦のときは1組の(缶室+機関)を積み、改造後はあらかじめ船殻の中に組み込まれたもう1組の(缶室+機関)を、水雷艇を機関部の手前で切断してそこに差し込むことで全長を延長し機関出力を増大し各種兵器の搭載スペースを作ろう、という構想がなされたのである。この計画を実現する為のハードルのひとつに、従来の艦艇工作ではそれぞれ建造される造船所によって、同型の艦といえども工程が違っていたり部品が同一のものでなかったりするため新たな機関部を差し込む工事が非常に困難になり新造艦艇を作るのと大して手間が代わらないものになってしまうことがあり、その対策として、どの造船所にかかわらず同じ工程での建造の実現の為、徹底したマニュアルの活用と技術交流による建造技術の平準化、および同じ精度の同一の部品をどの造船所においても使用できることを目的とした部品の規格化、さらに改造工事に際して電気溶接を多用するためその技術力を向上させることなどが、そのための対策としてなされることになった。またこの計画から副次的に発生したものに、ブロック建造法式の確立がある。後日装備の機関部分は、それ自体を独立したパーツとしてひとつの塊りとして造り、それを他の部分に組み付ける構造になっている。それを他の部分にも応用し、船体をいくつかのパーツに分けそれぞれ平行して組み立てていき、最終的にそれぞれのパーツを接合してひとつの船にする建造方式が、以降の艦艇建造において取り入れられることになる。